〈日本国憲法とは?〉





■世界の宝(歴史の到達点)、日本国憲法! (戦争の放棄と平和の願い!)


もう2度と戦争はしたくない!(悲惨な大戦の経験から)


日本国憲法は第2次世界大戦の悲惨な体験から生まれました。
それは又、戦後生まれた国連憲章と共に「もう二度と同じ人間同士で殺し合う戦争はするまい」という「平和主義」の思想で貫かれています。

この「平和主義」は今なお地球の至る所で、戦争、内乱、他国への介入などの武力紛争が続く現代世界で「燦然と光る人類への警告」でもあります。


第9条で
戦争と軍隊を放棄した日本国憲法は、「平和とは何か?」「武力、軍隊とは何か?」「本当の平和作りとは何か?」を日本国民のみならず、世界の人々にたいして発信しています。




■対話と外交による「平和づくり」を!(平和社会の構築を)
武力と軍隊からは「憎しみと悲しみ」しか生まれない!
(戦争と軍隊の放棄。)

過去の歴史からみても殺し合い、破壊し合う戦争には全くの生産性も合理性もありません。
ほんの一部の人たちは戦争の恩恵を受けるかもしれませんが、余りある人たちの命が犠牲にされ、残されるのは「憎しみと悲しみ」だけです。人間同士の「不信」関係だけが長く尾を引いて残されます。



暴力や武力からは、例え差別や支配が生まれることがあっても、決して友情や連帯(絆)は生まれる事はありません。
心から安心して生存(共生)できる平和とは友好的な交流づくりからだけです。
自国の平和意識(教育)を高め、周辺国をとおし経済、文化交流など「友好的な交流づくり」だけが本当の平和を作り出します。互いに国や国民を認め合い、尊重し合うことが大事です。「友好的な交流づくり」に汗を流す(努力する)ことが最も大事なことです。



■軍事(武力)同盟によらない、「集団安全保障」体制づくりを!
(友好と友情の絆で結ばれた「安全保障(平和)」づくりを!

戦争の名目はどうであれ、軍隊があるから戦争が起きます。武装するから武力拡大競争が起きます。
武力や軍隊は、他国に圧力をかけ、威嚇し、差別し、支配しようとするものです。

武力や軍隊によらない「集団安全保障」体制が必要です。同じ地球に生きる人間同士として、お互いに絆を結び、侵略しないと誓い、逆に緊急時にはお互いに助け合う「集団安全保障」づくりが大事です。

お互いに助け合う「集団安全保障」体制には武力や軍隊は必要ありません。必要なのはお互いの絆を結ぶ「文化的、経済的な友好づくり」です。
お互いに武力や軍隊によらない、「友好条約」を結ぶことが、信頼関係を一層深めます。

〈日本国憲法の三本柱〉


 


■平和生存権(25条)、基本的人権を初めて明記!

日本国憲法は日本の歴史上初めて平和生存権と基本的人権を明記しました。
大日本国憲法では、国民には平和に生きるための生存権も、基本的人権もありませんでした。

大日本国憲法下では、国民は天皇の臣下とされ、女性、お年寄りに至るまで(天皇のために)戦争に総動員されました。国民総動員です。
もちろん体の丈夫な若者は戦争の最前線に駆り出され、多くの命を失いました。

国民の税金である国家予算は75%も戦争のために注ぎ込まれました。しかし戦争が終わった時は何も残りませんでした。残されたのは多くの犠牲にされた命と焼け跡だけです。



戦争で勝った連合軍も得たものは少なく、多くの兵士や人民の命が犠牲になりました。

日本国憲法はこうした多くの国民(人民)の犠牲と戦争の反省から生まれました。そして天皇を主権にした護国体制を廃し、国民の主権を歴史上初めて認めたのです。

全ての国民には平和に生きる権利があり、(自由や平等、労働権などの)基本的人権を謳ったのです。
そしてこれを保障する事を持って、「国の形」とすることを謳ったのです。


 参考リンク 平和大学(本部-コスタリカ、名誉学長-藩基文国連事務総長)



〈「9条の会」とは何か?〉

昨今の政治権力による、
「戦争できる国作り(軍隊作り)」を目指した憲法改正(9条改正)の動きを察知して、日本の進歩人、市民組織、労働組合や各種団体などから「9条の会」は生まれました。

2004年に9人の知識人(下記)の呼びかけに始まった、憲法改正に反対し、平和生存権を守る運動は、10年も立たぬうちに、地域に、職場に、各種団体に無数に立ち上がりました。




こうした「9条の会」は平和を願う様々な人々がいわば「勝手に」やり始めたのです。
特定の政党支持とは無関係に(例えどの政党の支持者であれ)平和を願い、日本国憲法を学び、基本的人権を守り、日本国憲法を守ろうとする、(幅広い人々が参加して)運動を広げて行こうとするものです。

今日では「9条の会」は女性の間でも、マスコミ、学者、医療関係者、宗教者などいろいろな分野で組織されています。私たちの「法政Ⅰ部(OB)9条の会」は、法政Ⅰ部卒業生の仲間達で2009年に結成されました。
現在会員数は150名を越えています。






「九条の会」アピール文。

日本国憲法は、いま、大きな試練にさらされています。
ヒロシマ・ナガサキの原爆にいたる残虐な兵器によって、五千万を越える人命を奪った第二次世界大戦。この戦争から、世界の市民は、国際紛争の解決のためであっても、武力を使うことを選択肢にすべきではないという教訓を導きだしました。


侵略戦争をしつづけることで、この戦争に多大な責任を負った日本は、戦争放棄と戦力を持たないことを規定した九条を含む憲法を制定し、こうした世界の市民の意思を実現しようと決心しました。

しかるに憲法制定から半世紀以上を経たいま、九条を中心に日本国憲法を「改正」しようとする動きが、かつてない規模と強さで台頭しています。



その意図は、日本を、アメリカに従って「戦争をする国」に変えるところにあります。そのために、集団的自衛権の容認、自衛隊の海外派兵と武力の行使など、憲法上の拘束を実際上破ってきています。

また、非核三原則や武器輸出の禁止などの重要施策を無きものにしようとしています。そして、子どもたちを「戦争をする国」を担う者にするために、教育基本法をも変えようとしています。


これは、日本国憲法が実現しようとしてきた、武力によらない紛争解決をめざす国の在り方を根本的に転換し、軍事優先の国家へ向かう道を歩むものです。私たちは、この転換を許すことはできません。



アメリカのイラク攻撃と占領の泥沼状態は、紛争の武力による解決が、いかに非現実的であるかを、日々明らかにしています。なにより武力の行使は、その国と地域の民衆の生活と幸福を奪うことでしかありません。

一九九〇年代以降の地域紛争への大国による軍事介入も、紛争の有効な解決にはつながりませんでした。だからこそ、東南アジアやヨーロッパ等では、紛争を、外交と話し合いによって解決するための、地域的枠組みを作る努力が強められています。
 


二〇世紀の教訓をふまえ、二一世紀の進路が問われているいま、あらためて憲法九条を外交の基本にすえることの大切さがはっきりしてきています。相手国が歓迎しない自衛隊の派兵を「国際貢献」などと言うのは、思い上がりでしかありません。
 
憲法九条に基づき、アジアをはじめとする諸国民との友好と協力関係を発展させ、アメリカとの軍事同盟だけを優先する外交を転換し、世界の歴史の流れに、自主性を発揮して現実的にかかわっていくことが求められています。憲法九条をもつこの国だからこそ、相手国の立場を尊重した、平和的外交と、経済、文化、科学技術などの面からの協力ができるのです。



私たちは、平和を求める世界の市民と手をつなぐために、あらためて憲法九条を激動する世界に輝かせたいと考えます。そのためには、この国の主権者である国民一人ひとりが、九条を持つ日本国憲法を、自分のものとして選び直し、日々行使していくことが必要です。それは、国の未来の在り方に対する、主権者の責任です。

日本と世界の平和な未来のために、日本国憲法を守るという一点で手をつなぎ、「改憲」のくわだてを阻むため、一人ひとりができる、あらゆる努力を、いますぐ始めることを訴えます。

                                                                                                                   2004年6月10日

井上 ひさし(作家)     梅原 猛(哲学者)    大江 健三郎(作家)   奥平 康弘(憲法研究者) 
小田 実(作家)       加藤 周一(評論家)   澤地 久枝(作家)    鶴見 俊輔(哲学者)
三木 睦子(国連婦人会)

 







■憲法を改正しようとする本当の目的は?(改憲の狙い。)
(世界中どこでも「戦争できる国家(軍隊)」にすること!

国民の間には「憲法9条って何?」と言う人はまだたくさんいます。安部(自公)政権が進めている憲法改正の本当の目的を理解していないからです。

日本政府はアメリカと財界の要求に応えて、日本の国を世界中どこでも「戦争できる国(軍隊)づくり」を進めています。アメリカの要求に答えて、イラク戦争ではサマワに、アフガニスタン戦争では後方支援として戦争参加しました。

今度は憲法9条を取り払って、実力(武力)行使できる軍隊として戦争参加させようとしています。
日本国憲法9条を取り払ってしまえば、戦前の日本のように(戦争の名目は別にして)世界中どこでも戦争できる国になります。

ほとんどの戦争の動機は決して自衛のためだけではなく、他国への侵略が目的でした。戦争のために侵略された国はもちろんのこと、侵略した側の国民も限りない人命が失われました。
戦争は国民にとって得るものは何もありません。


〈参考文献〉 憲法改正(渡辺治)、旬報社。
活憲の時代、コスタリカから9条へー(伊藤千尋)、シネ、フロント社。
日本国憲法の精神(渡辺洋三)、新日本新書。